自我偈(じがげ)とは
「自我偈」とは、仏教の中でも特に重要な経典である『妙法蓮華経』の「如来寿量品第十六」に説かれている、仏様の深いお心を示す偈文(詩)です。
この偈文は、私たちが抱く仏様のイメージを根本から覆す、驚くべき真実を教えてくれます。
自我偈が伝える大切な教え
私たちは、お釈迦様が約2,500年前に亡くなられた歴史上の人物だと思いがちです。しかし、自我偈では、「私は久遠(くおん)の昔からこの世界で、衆生(生きとし生けるもの)を救い続けている永遠の仏である」と説かれています。
仏様は、人々を真剣に教えへと向かわせるために、あえて姿を消し、入滅したように見せるのです。これは、仏様が人々を悟りへと導くための巧みな方便(ほうべん)なのです。
様々な宗派で唱えられる自我偈
この自我偈は、日蓮宗の勤行で中心的に唱えられているだけでなく、天台宗や曹洞宗といった他の宗派でも重要な教えとして扱われ、勤行や法要で読まれています。
法華経の教えは宗派を超えて多くの人々に影響を与えており、自我偈もその普遍的なメッセージゆえに広く読誦されているのです。
私たちの生活への教訓
自我偈の教えは、私たちの人生に深い安心感を与えてくれます。
- 仏様は常に私たちと共にある 私たちは孤独ではありません。たとえ仏様の姿が見えなくても、仏様は遠い過去からずっと、この世界にいて私たちを見守ってくださっているのです。
- 真摯な心の大切さ 仏様は、私たちが教えをひたむきに求め、真剣に生きようとするとき、必ずその道を示してくださると説かれています。
自我偈は、仏様の途方もない慈悲深さと、私たちの信仰のあり方を深く教えてくれる、希望に満ちた言葉なのです。
本文とその意味
妙法蓮華経 如来寿量品第十六(自我偈)
自我得仏来(じがとくぶつらい) 私が仏として悟りを得てから
所経諸劫数(しょきょうしょこうしゅ) 経過した計り知れない長い時間は、
無量百千万(むりょうひゃくせんまん) 無量・百千万・
億載阿僧祇(おくさいあそうぎ) 億・載・阿僧祇という、想像もつかないほど長い時である。
常説法教化(じょうせっぽうきょうけ) 常に教えを説き、人々を教え導いてきた。
無数億衆生(むすうおくしゅじょう) 数えきれないほど多くの人々を、
令入於仏道(りょうにゅうおぶつどう) 仏道に入らせてきた。
爾来無量劫(にらいむりょうこう) そのようにして、これまで計り知れない時間が経過した。
為度衆生故(いどしゅじょうこ) 人々を仏の世界へ導くために、
方便現涅槃(ほうべんげんねはん) 教化の手段として入滅の姿を現したが、
而実不滅度(にじつふめつど) 実際には入滅しておらず、
常住此説法(じょうじゅうしせっぽう) 常にこの世に留まって教えを説き続けているのである。
我常住於此(がじょうじゅうおし) 私は常にここに留まっているが、
以諸神通力(いしょじんずうりき) 様々な神通力によって、
令顛倒衆生(りょうてんどうしゅじょう) 真理に迷う人々には、
雖近而不見(すいごんにふけん) たとえ近くにいても見えないようにしている。
衆見我滅度(しゅけんがめつど) 人々は私が入滅したと見て、
広供養舎利(こうくようしゃり) 広く私の遺骨を供養し、
咸皆懐恋慕(かんかいえれんぼ) 皆が私を慕う心を抱いて、
而生渇仰心(にしょうかつごうしん) 仏を心から敬い求める心を起こす。
衆生既信伏(しゅじょうきしんぷく) 人々がすでに私の導きを信じ、
質直意柔軟(しちじきいにゅうなん) 素直で柔らかな心になり、
一心欲見仏(いっしんよくけんぶつ) 一心に仏に会いたいと願って、
不自惜身命(ふじしゃくしんみょう) 自らの命をも惜しまないのである。
時我及衆僧(じがぎゅうしゅそう) その時に、私と弟子たちは、
倶出霊鷲山(ぐしゅつりょうじゅせん) ともに霊鷲山に姿を現す。
我時語衆生(がじごしゅじょう) 私はその時、人々に語る、
常在此不滅(じょうざいしふめつ) 「私は常にここにいて、入滅することはない」と。
以方便力故(いほうべんりきこ) 教化の手段である神通力によって、
現有滅不滅(げんうめつふめつ) 入滅したり、入滅しない姿を現すのである。
余国有衆生(よこくうしゅじょう) 他の国にも、
恭敬信楽者(くぎょうしんぎょうしゃ) 心から敬い、信じ願う者がいるならば、
我復於彼中(がぶおひちゅう) 私は再びその国に現れて、
為説無上法(いせつむじょうほう) この上ない教えを説く。
汝等不聞此(にょとうふもんし) あなたたちはこの私の言葉を聞かず、
但謂我滅度(たんいがめつど) ただ私が入滅したと思い込んでいる。
我見諸衆生(がけんしょしゅじょう) 私があらゆる人々を見ると、
没在於苦海(もつざいおくかい) 皆が苦しみの海に沈んでいる。
故不為現身(こふいげんしん) だから、あえて姿を現さず、
令其生渇仰(りょうごしょうかつごう) 人々にあこがれ慕う心を起こさせるのである。
因其心恋慕(いんごしんれんぼ) 彼らの心に私を恋い慕う気持ちが起きて、
乃出為説法(だいしゅついせっぽう) 初めて私は現れて教えを説く。
神通力如是(じんずうりきにょぜ) 私の神通力はこのとおりであり、
於阿僧祇劫(おあそうぎこう) 阿僧祇劫という無限の時間にわたって。
常在霊鷲山(じょうざいりょうじゅせん) 常に霊鷲山や、
及余諸住処(ぎゅうよしょじゅうしょ) 他の様々な所に留まっている。
衆生見劫尽(しゅじょうけんこうじん) 人々が世の終わりを見て、
大火所焼時(だいかしょうじ) 世界が大火に焼かれる時にも、
我此土安穏(がしどあんのん) 私のこの国土は安らかであり、 天
人常充満(てんにんじょうじゅうまん) 天の神々や人々が常に満ちあふれている。
園林諸堂閣(おんりんしょどうかく) 庭園や様々な建物は、
種種宝荘厳(しゅじゅほうしょうごん) 様々な宝で厳かに飾られている。
宝樹多華果(ほうじゅたけか) 宝の木には多くの花や実がなり、
衆生所遊楽(しゅじょうしょゆうらく) 人々が遊んで楽しむ場所である。
諸天撃天鼓(しょてんげきてんく) 天の神々は天上の太鼓を打ち、
常作衆伎楽(じょうさしゅぎがく) 常に様々な音楽を奏でて、
雨曼陀羅華(うまんだらけ) 曼陀羅華を降らせ、
散仏及大衆(さんぶつぎゅうだいしゅ) 仏や大勢の会衆の上に散らしている。
我浄土不毀(がじょうどふき) 私の清らかな仏国土は壊れることはない。
而衆見焼尽(にじゅけんしょうじん) しかし、人々はこの国土が大火で焼かれると見ている。
憂怖諸苦悩(うふしょくのう) 憂いや恐怖、様々な苦悩が
如是悉充満(にょぜしつじゅうまん) このように満ちあふれていると見ている。
是諸罪衆生(ぜしょざいしゅじょう) これは悪い業の多い人々であり、
以悪業因縁(いあくごういんねん) 悪業の報いによって、
過阿僧祇劫(かあそうぎこう) 阿僧祇劫という長い時間が過ぎても、
不聞三宝名(ふもんさんぼうみょう) 仏・法・僧の三宝の名すら聞くことができない。
諸有修功徳(しょうしゅくどく) 様々な功徳を積み、
柔和質直者(にゅうわしちじきしゃ) 柔和で素直な心の人々は、
則皆見我身(そくかいけんがしん) 則ち皆、私の身体がここに現れて、
在此而説法(ざいしにせっぽう) 教えを説いているのを見るのである。
或時為此衆(わくじいししゅ) ある時にはこの人々のために、
説仏寿無量(せつぶつじゅむりょう) 仏の寿命は計り知れないと説き、
久乃見仏者(くだいけんぶっしゃ) また、長い間仏を見ようとしない者に対しては、
為説仏難値(いせつぶつなんち) 仏に出逢うことは困難であると説く。
我智力如是(がちりきにょぜ) 私の智慧の力はこのようであり、
慧光照無量(えこうしょうむりょう) 智慧の光が照らすところは計り知れない。
寿命無数劫(じゅみょうむしゅこう) 寿命は無数の時間の長さであり、
久修業所得(くしゅうごうしょとく) 長い修行によって得たものである。
汝等有智者(にょとううちしゃ) あなた達のように智慧のある者は、
勿於此生疑(もつおししょうぎ) このことに疑念を生じてはならない。
当断令永尽(とうだんりょうようじん) この疑念を断じて永遠に無くすべきである。
仏語実不虚(ぶつごじつふこ) 仏の言葉は真実であって偽りはない。
如医善方便(にょいぜんほうべん) 医師が巧みな手段で、
為治狂子故(いちきょうしこ) 心の病を患った子供を治すように、
実在而言死(じつざいじごんし) 実際は生きているのに死んだと言い、
無能說虛妄(むのうせつこもう) それは嘘ではない。
我亦為世父(がやくくいせぶ) 私もまたこの世の父となって、
救諸苦患者(くしょくげんしゃ) 様々な苦しみに悩む人々を救う。
為凡夫顛倒(いぼんぶてんどう) 凡夫は心が迷い苦しんでいるので、
実在而言滅(じつざいじげんめつ) 本当は存在しているのに、入滅すると私は言う。
以常見我故(いじょうけんがこ) もし常に私を見ているならば、
而生憍恣心(にしょうきょうししん) 驕り高ぶる心が生じ、
放逸著五欲(ほういつじゃくごよく) 怠けて欲望にとらわれ、
堕於悪道中(だおあくどうちゅう) 悪道に堕ちてしまうからである。
我常知衆生(がじょうちしゅじょう) 私は常に衆生が
行道不行道(ぎょうどうふぎょうどう)仏の道を求めているかいないかを知り、
随応所可度(ずいおうしょかど) その能力に応じて教えを説き、
為説種々法(いせつしゅじゅほう) 様々な教えを説く。
毎自作是念(まいじさぜんねん) 私はいつも心からこう願っている。
以何令衆生(いがしゅじょう) 「どうすれば人々を、
得入無上道(とくにゅうむじょうどう) 最高の悟りの道に入らせて、
速成就仏身(そくじょうじゅぶっしん) 速やかに仏の身を成就させることができるだろうか」と。

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